Netflixで台湾映画「先に愛した人」をみた。
配信の映画は、寒くなってきて、確かな当てもなく服を脱ぐのが面倒で、籠りがちになる冬場、中年の独りもんのささやかな慰めだ。
たまに見る台湾映画は、登場人物が結局、皆善人、日本のドラマにありそうなふわふわした空気感で、ぬるい、なんて思うんだけど、そこは台湾びいきの目で、がんばって見続けると、いつもしっかり最後に、いいもん見たなと思わせてくれる。
「先に愛した人」は、病気になった旦那さんが家を出て、愛人の若い男のところへ、そして生命保険の受取人をその愛人に変えて死んじゃったという話。
旦那さんの死亡保険金を取り返すべく、奥さんとまだ中高生くらいの息子が愛人(男)の家を訪ねまくる。
同性愛者でありながら、結婚してしまった男とその妻、相手の男、子供、と中心の人物の配置は、あの「ブロークバックマウンテン」と同じ。
「ブロークバックマウンテン」の男たちは、女の体「も」出来る二人だったかな。何度か見たけど、見る度に胸が潰れた。素晴らしいんだけど、苦しい、陰鬱なシリアス映画だ。
一方、この台湾映画は、たぶんジャンルとしてはコメディで、ストーリーも全く違う。
映画は作り物と思いつつ、やっぱり子供にとっては、同性愛者でも父親は好きな自分の父さんなんだな、とか、やっぱり同性愛者の相手は死ぬんだな、とか考えながら見ていた。
妻の役は、ハイテンションな芸達者な女優さんで、何度かゲラゲラ笑ってしまった。
笑わせられながら、同性愛者と結婚してしまった妻としてのシリアスなシーンもたくさんあった。
ぐっと来た。
大切にしようと相手に渡されて、大事に預かっていた函が、実は空っぽだったと気付いた時のあの感じ。
嘘だったとわかった後に、いろんな欠片を一つ一つ、確かめずにいられない気持ち。
苦しくなった。
映画の最後、死んだ人はどうでもいい、生きてる人は、がんばれよ、と自分は願った。
映画の中でも、本当の世界でも、それはいつも同じだ。