今年も仕事を納めて、一区切り。休み中の食料確保に行ったスーパーで、ジョンレノンの「Happy Christmas」 が流れた。
ビートルズにもジョンレノンにも全く思い入れはないんだけど、この歌は、自分にとって破壊力のある、魂をぐらぐら揺さぶる一曲だ。
日本人の自分の耳にもすっと入って来るシンプルな歌詞、よく分からないけど、みんなが知ってるように、きっと彼は天才だったんだろうな。
クリスマスから新年へと向かうこの時期、君は何をしてきたの?また新しい一年が始まった(始まる)よ、と歌いかけられて、自分にはその答えがなくて、肉や野菜をただ黙々と買い物かごに入れる。
歌は最後まできちんと聞けば、世界平和を願う素晴らしい反戦ソングで、知識としてベトナム戦争の時代とか知ってはいるけど、「Happy Christmas 」は自分にとって、心をえぐる個人的な歌だ。
20代の後半、年末年始はあの街の「飲み屋」で馬鹿騒ぎするくらいしか、する事のなかった自分。
ある年のクリスマスの夜、「飲み屋」に決して行くことがない、そんな店がこの世にあることさえ知らない友人の車で、ラジオから流れる「Happy Christmas 」を初めてしっかり聴いた。
友人が、母親の作るクリスマスのご馳走を食わしてやると誘ってくれて、彼の実家に行って、その帰り道だった。
何回か遊びに行ったことがある、けっこう郊外の友人の家には彼の兄さんや小さい子供たちやら大勢がいて、たらふく食べさせてもらって、自分は腹いっぱい、助手席でなんだか幸せを感じていた。
その時勤めていた会社で、一番の仲間だった友人。ゴツくて、そのせいであんまりモテないと思ってて、お互いに女っ気がなくて、(自分は当たり前だね)いい年して、よくつるんでいた。
では次の曲と、車の中で二人、ジョン・レノンが、老いも若きも近くの大切な人と皆でクリスマスを祝おうと歌うのを聴く。
夜の国道、ずっと先、遠くの方に目をやりっぱなしの運転用の眼鏡をかけた友人を、自分はチラチラ見ていた。
本人が気付いていないだけで、友人は職場で女の子たちに好かれてないわけではなかった。
数年後には、彼の兄さんのように、友人も子供や奥さんとHappy Christmas を過ごすのだろうと、そんなビジョンというか予感というか、そんなものが容易く目の前に広がる。
いい歌だな。そうだな、でもYokoの声は日本のおばさんコーラスだな、とか言って、泣きたいような気持ちをごまかした。
ごまかしてごまかして、そのまま。
クリスマスだね、君は何をしてきたの? 「Happy Christmas 」は前奏もなく、いきなり始まる。
毎年毎年、何もしてこなかった自分の心の中に、一直線に入り込んで来る。